医療法人社団晴健会 仙田歯科医院紹介動画

院長インタビューその1

医療法人社団晴健会 仙田歯科医院 院長インタビュー

インタビュー風景

Q. 生まれ育ったところはどこで、どんな少年だったんですか?

自分でいうのも何ですが、手先は器用だったですね(笑)

栃木県の足利市です。小学生の時は、絵を描くのが好きだったり、プラモデルを作ったりするのが好きでしたね。自分でいうのも何ですが、手先は器用だったですね(笑)。あとは、男三兄弟の末っ子だったので、外で野球やサッカーをやることも多かったですね。

中学生になったら、実家がテニスコートの経営をしていたこともあって、軟式テニス部に入りました。実は、中学校2年生までは結構太っていたんですが、中学校3年から徐々に痩せ始めました(笑)。あと勉強は、部活が終わった3年生頃から始め、家庭教師についてもらいましたが、スタートがちょっと遅すぎましたね(笑)。ただ、英語は小さい頃から学んで比較的得意だったので、それもあって隣町の佐野市にある佐野日本大学に無事合格しました。

インタビュー風景

Q. どんな高校生活を送ったのですか?

”チャーリー”という英語教師に影響を受け、結構楽しんで勉強していました

特に部活にも入らず、勉強してました。二人の兄が優秀で、コンプレックスがあったからかもしれません。高校でも英語が好きで、”チャーリー”という英語教師に影響を受け、結構楽しんで勉強していました。日本人なんですけど、チャーリーって呼ばれてましたね(笑)。でも、教師って大事ですよね。

本は、開高健(かいこうたけし)の描くウィスキーや洋酒の世界が好きで、「かっこいいな~」と憧れながらよく読んでいました。

インタビュー風景

Q. その頃から歯医者になろうと思ってたんですか?

歯科医という職業が自分にあっていると確信しました。

そうですね。小さい頃に野口英世の伝記を読んで医療の世界に憧れ、福島県にある野口英世記念館に親に連れていってもらったのは印象的でした。その他、北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」で船医にも憧れていましたね。ただ、中2の時に祖父が亡くなった時のショックが大きく、自分は死と向き合うことはできないなと思ったことと、小さい頃から歯が悪くずっと歯医者さんに助けてもらっていたことから、同じ医療の世界でも歯科医という職業が自分にあっていると確信しました。

日本大学では、約20校の附属高校が統一テストを行って大学への進学を決めるのですが、運よく学校で上位の成績だったので行きたい学部に進学することができました。

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